東京高等裁判所 平成2年(ネ)4307号 判決 1991年9月17日
アメリカ合衆国
カリフオルニア 九〇二二〇 ドミングイーズ ヒルズ
イースト グラツドウイツク ストリート 二〇三〇
控訴人
ウインドサーフイン インターナシヨナル インコーポレーテツド
右代表者
ホイール シユバイツアー
東京都渋谷区本町一丁目六〇番三号
控訴人
勝和機工株式会社
右代表者代表取締役
岡邦彦
右両名訴訟代理人弁護士
三宅正雄
同
安江邦治
右控訴人両名輔佐人弁理士
松永宣行
大阪府大阪市港区弁天一丁目六番三五号
被控訴人
日本アクアポリス株式会社
右代表者代表取締役
名倉基之
右訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾﨑英男
同
大平茂
主文
控訴人らの控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
控訴人ウインドサーフイン インターナシヨナル インコーポレーテツドの上告のための附加期間を、九〇日と定める。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 控訴人ら
「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人ら各自に対し、金二一〇万円及びこれに対する昭和六二年六月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。被控訴人は控訴人勝和機工株式会社に対し、金六六〇万円及び これに対する昭和六二年六月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一審、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言
二 被控訴人
主文第一、二項と同旨の判決
第二 当事者の主張
左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決添付目録の第1図におけるcをhに、hをcに、訂正する。)。
一 控訴人らの主張
1 原判決は、本件発明における「ユニバーサルジョイント」の用語は、例示されている唯一の例である三軸線ユニバーサルジョイントないしはせいぜいこれに類する構造のもの、すなわち、相互に直交する水平の二軸まわりの自由回転により起伏を自在とする機械的構造のものを意味する、と説示している。
しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲には、ユニバーサルジョイントは「ブームをにぎる前記使用者が前記帆を前記波乗り板上で回転及び起伏させることができるように前記円柱を前記波乗り板に連結する」機能を有するものであると記載され、その構成及び作用が明らかにされている(なお、本件明細書の特許請求の範囲の右記載部分を以下に引用するときは、各「前記」の記載を省略して引用する。)。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、特定の実施例の説明として、「ユニバーサルジョイント例えば三個の回転軸線を備えた接手、又は使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」と記載され、本件発明におけるユニバーサルジョイントが、「例えば三個の回転軸線を備えた接手」と表現されるもの、あるいは「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」と表現されるものであればいかなる構造のものをも含むことが記載され、本件発明の技術的範囲が明確にされているのであるから、原判決の右説示は誤りである。
本件明細書の発明の詳細な説明における実施例の右記載について、原判決は、後者(使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手)は具体的な構造を離れて抽象的な作用ないしは機能を説明する記載であつてその意味する範囲は広範であり、前者(三個の回転軸線を備えた接手)をも包含するものである、としている。そして、原判決は、このような両者の内容的な関係にかんがみれば「ユニバーサルジョイント」の例示としては「三個の回転軸線を備えた接手」のみであつて、「ユニバーサルジョイント例えば三個の回転軸線を備えた接手」とそれ以外の「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」が存在することになる、と説示している。
しかしながら、前者が後者に包含されるものであるならば、両者を「又は」で接続して並列させる意味はない。そして、明細書の特許請求の範囲の記載を解釈するに当たつては、字句に拘泥することなく、発明の性質及び目的、又は発明の詳細な説明等を参酌して発明の技術的範囲を定めるべきであるから、右「又は」は、「すなわち」とか「換言すれば」の意味であり、後者(使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手)は、前者(三個の回転軸線を備えた接手)の技術内容を機能的に説明したものと理解するのが相当である。このように、本件発明における「ユニバーサルジョイント」は、右両者を包含する上位概念を表す用語であるから、本件明細書の発明の詳細な説明の前記記載は、本件発明におけるユニバーサルジョイントが、三個の回転軸線を備えた接手(実施例として具体的に説明されている三軸線ユニバーサルジョイント36は、三個の回転軸線を備えた接手の一例にすぎず、三個の回転軸線を備えた接手と三軸線ユニバーサルジョイント36は同義ではない。)のみならず、使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような構造を有する接手のすべてを含むことを明らかにしているのである。
2 原判決は、本件発明に係る特許無効審判手続あるいは二次にわたる訂正審判手続の経緯を認定し、本件発明の技術的範囲の判断の論拠としている(原判決の理由四の7、8)。
しかしながら、特許発明の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきであり、訂正審決が確定した場合は訂正後における明細書の特許請求の範囲の記載のみに基づいて定めるべきことは当然であるから、特許無効審判手続あるいは訂正審判手続の経緯を発明の技術的範囲を画定する論拠とすることは誤りである。念のため付書すれば、昭和五八年七月二七日付訂正審判請求による本件発明の特許請求の範囲の減縮は、発明が対象とする物を当初明細書の特許請求の範囲の記載では含まれることになる陸上乗物等を除いて水上乗物に減縮した点と、風力推進手段の構成を限定した点のみであつて、ユニバーサルジョイントの構成を特定の実施例に限定するとの訂正などは含まれていない。
また、明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者、すなわち当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の構成を記載すれば足りる。したがつて、明細書の発明の詳細な説明に当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているならば、特許請求の範囲に構成要件である各部材の構成や作用を逐一記載する必要はないし、発明の詳細な説明に実施例を記載する必要すらない。そして、本件明細書にはユニバーサルジョイントの構成及びその作用が明確に記載されていることは前記のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明に三軸線ユニバーサルジョイントの構成を明らかにした一実施例のみが記載されていることを論拠として、本件発明におけるユニバーサルジョイントは三軸線ユニバーサルジョイントないしはせいぜいこれに類する相互に直交する水平の二軸のまわりの自由回転により起伏を自在とする機械的構造のものを意味する、とした原判決の判断は明らかに誤りである。
3 ある技術的事項と他の技術的事項が等価であるか否かは、その構成ではなく、奏される作用効果を目安として決定されるべきである。そして、被告製品において、ブームをにぎる使用者がブームから手を放すと、風力推進手段は倒れて海面上に浮かぶ、すなわち、自由浮遊状態となるのであつて、そのゴム・ジョイント(ジョイント部)k(以下「ゴムジョイント」という。)は、風力推進手段が波乗り板と解離することなく一体性を保つように機能しており、本件発明におけるユニバーサルジョイントと同一の作用効果を奏することは明らかであるから、被告製品が本件発明の技術的範囲に属することは疑いの余地がない。原判決は、本件発明がウインドサーフインに関する最初の発明(パイオニアインベンシヨン)であることに思いを致さず、本件発明の構成要件を成す一部材の材質の一部を変更したにすぎず奏される作用効果は全く同一である被告製品を、本件発明の技術的範囲に属しないとしたものであつて、明らかに誤りである。
二 被控訴人の主張
1 控訴人らは、本件明細書の発明の詳細な説明における「ユニバーサルジョイント例えば三個の回転軸線を備えた接手、又は使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」という記載について、「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆ど自由浮動状態にすることができるような接手」は「三個の回転軸線を備えた接手」の技術内容を機能的に説明したものと理解するのが相当であり、本件発明におけるユニバーサルジョイントはこの両者を包含する上位概念を表す用語である、と主張する。
しかしながら、日本語の「又は」の意味を前提とする以上、本件明細書の発明の詳細な説明における右記載は、原判決が説示するように、「ユニバーサルジョイント例えば三個の回転軸線を備えた接手」と「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」を開示しているものと理解するのが論理的であつて、「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」がユニバーサルジョイントの例示であるというような解釈は成り立ち得ない。
2 控訴人らは、訂正審決が確定した場合の特許発明の技術的範囲は訂正後における明細書の特許請求の範囲のみに基づいて定めるべきであるから、特許無効審判手続あるいは訂正審判手続の経緯を発明の技術的範囲の判断の論拠とすることは誤りである、と主張する。
しかしながら、本件発明の特許請求の範囲の「ユニバーサルジョイント」という用語は、当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていたが、当初明細書の特許請求の範囲には記載されておらず、昭和五八年七月二七日付け訂正審判請求によつて特許請求の範囲に加えられたものであり、これによつて本件発明の特許請求の範囲が減縮されたことが明らかである。
したがつて、本件発明の技術的範囲を画定するに当たり、訂正審判手続の経緯を参照すべきことは当然であつて、控訴人らの右主張は失当である。
3 控訴人らは、本件発明がウインドサーフインに関する最初の発明であると主張する。
しかしながら、本件発明の特許は公知の発明と同一の発明であるとの理由によつて特許を無効とする審決がなされ、右公知の発明に抵触しないように訂正されたものが本件明細書であるから、本件発明がウインドサーフインに関する最初の発明であるという控訴人らの主張は事実に反する。
第三 証拠関係
証拠関係は原審及び当審の訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これらの目録の記載をここに引用する。
理由
第一 請求の原因1(一)(控訴人ウインドサーフインが本件特許権を有していたこと)、1(二)(控訴人勝和機工の実施権)、2(本件明細書の特許請求の範囲の記載)及び4(一)(1)(本件発明の構成要件)の事実が認められること(あるいは、当事者間に争いがないこと)は、原判決二九枚目表第二行ないし裏第九行記載のとおりであるから、これらの記載をここに引用する。なお、成立に争いない甲第一号証(特許登録原簿謄本)によれば、本件発明は一九六八年(昭和四三年)三月二七日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願されているものと認められる。
そして、請求の原因3(被告による被告製品の販売)の事実は、被告製品の一部について当事者間に争いがなく、被告製品が本件発明の構成要件A及びBを充足することは、当事者間に争いがない。
被控訴人は、原判決添付目録の被告製品の商品名一覧表のうち、原判決八枚目裏第七行ないし九枚目裏第二行記載の製品がゴムジョイントを有することを争つているが、以下、仮に、被告製品がすべて原判決添付目録記載のとおりの構造を有するものとして(すなわち、被告製品がすべてゴムジョイントを有するものとして)考察を進めることにする。
第二 本件発明の構成要件Cエ(ユニバーサルジョイント)について
控訴人らは、被告製品のゴムジョイントは本件発明におけるユニバーサルジョイントに該当し、したがつて被告製品は本件発明の構成要件Cエを充足すると主張するので、以下、この点を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証によれば、本件明細書には原判決三一枚目表第二行ないし三五枚目表第七行掲記の事項が記載されていることが認められるので、これをここに引用する。
ところで、特許発明の技術的範囲は、対世的な絶対権である特許権の効力範囲を画定するものであつて、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められることを要し(特許法第七〇条第一項)、その記載のみでは技術的意義を明確に理解することができないなどの特段の事情があるときに限り、明細書の発明の詳細な説明及び図面を参酌することができるというべきである。
そこで、本件明細書の特許請求の範囲に記載されている構成要件Cエ「ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができるように円柱を波乗り板に連結するユニバーサルジョイント」について検討すると、右構成要件中の「ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができるように円柱を波乗り板に連結する」との記載は、その記載内容に照らすと、「ユニバーサルジョイント」という部材の作用を示すものでありユニバーサルジョイントの構成を示すものでないことが明らかであつて、他に、本件発明の特許請求の範囲の記載中には「ユニバーサルジョイント」という部材の具体的構成を示す記載は存しない。
しかしながら、本件発明の関係する帆船の技術分野(本件発明がこの技術分野に属することは、前掲甲第二号証の記載から明らかである。)の当業者が、「ユニバーサルジョイント」という記載からその構成を容易に理解できるならば、本件発明において用いられる「ユニバーサルジョイント」という部材の構成は、特許請求の範囲の記載に基づいて明確に理解することができるといわなければならない。
二 そこで、まず、「ユニバーサルジョイント」という用語が有する普通の意味について検討すると、鉱工業品のあるものを示す用語の日本国内における普通の意味は、日本工業規格(JIS)に依拠して確定するのが相当であつて、特段の事情が認められない以上、帆船の技術分野の当業者においても当然そのように理解されているものと考えるべきである。けだし、日本工業規格は、工業標準化法第一条が規定する「適正且つ合理的な工業標準の制定及び普及により工業標準化を促進することによつて、鉱工業品の品質の改善。生産能率の増進その他生産の合理化、取引の単純公正化及び使用又は消費の合理化を図り、あわせて公共の福祉の増進に寄与する」という目的に従つて制定された工業標準(同法第一一条、第一七条)であつて、鉱工業に関する技術上の基準として社会的に機能しているからである。
そして、用語に関するJISにおいて、「ユニバーサルジョイント」という用語がみられるが、JIS BO136(昭和四九年七月一日制定)の、別紙Aのような記載のみであることは、当裁判所に顕著な事実である。なお、右JIS BO136が制定されたのは、本件出願(出願日昭和四四年三月一一日、優先権主張日昭和四三年三月二七日)より後であるが、JISは専門技術者あるいは研究者等から成る日本工業標準調査会の慎重な調査及び審議を経た上、主務大臣によつて制定されるもの(同法第一一ないし一七条)であるから、JIS BO136に定められている技術的事項は、本件優先権主張日当時の技術水準に基づいたものであると理解するのが相当である。
JIS BO136の右記載によれば、「ユニバーサルジョイント」は「自在軸継手」の対応英語であるuniversal couplingの慣用語であり、「自在軸継手」は「主として軸線が一致しないで、ある角度を持つた二軸の接続に用いる軸継手」の意味であること、「軸継手」は「軸を連結する継手」の意味であることが明らかである。そして、右にいう「軸」が「回転軸」を意味することは技術的に自明の事項であるから、「軸継手」は「二つの回転軸を連結し、一方の回転軸の回転運動を他方の回転軸に伝達するために用いる継手」にほかならない。したがつて、「自在軸継手」とは、「主として軸線が一致しないである角度を持つた二つの回転軸を連結し、一方の回転軸の回転運動を他方の回転軸に伝達するために用いる継手」であると理解することができる(以下、「自在軸継手」というときは、「主として軸線が一致しないである角度を持つた二つの回転軸を連結し、一方の回転軸の回転運動を他方の回転軸に伝達するために用いる継手」の意味で使用する。)。ちなみに、JIS BO136は、軸継手一般に関するJISではなく特殊車両(クレーン)に関するJISであるが、本件の書証に基づいて後に認定する事実、及び、当裁判所に顕著な後記の事実からも明らかなように、JIS BO136に記載されている軸継手あるいは自在軸継手の前記定義は、特殊車両に使用される軸継手あるいは自在軸継手に特有のものではなく、汎用性を有する軸継手あるいは自在軸継手にも適用し得るものであることは疑いの余地がない。
そうすると、本件優先権主張日当時、本件発明における「ユニバーサルジョイント」という用語が有する普通の意味は、右のように定義される「自在軸継手」であつたと理解するのが相当である。
現に、成立に争いない乙第一号証の一、二によれば、小稲義男ほか編「研究社新英和大辞典」(株式会社研究社昭和五五年発行)の第二三一二頁右欄には「universal joint n.[機械]自在継ぎ手」と記載され、その構造が図示(別紙B)されており、「universal joint」という用語が自在軸継手を意味するものと定義されていることが認められる。
また、成立に争いない乙第二号証の一ないし三によれば、別役萬愛編「メカニズム」(株式会社技報堂昭和四五年一月一〇日発行)の第一九八頁及び第一九九頁には、「フツク式自在継手Hookes universal joint(中略)両軸端は各フオーク形をなし十字形の腕とピンで連結され両軸の角が変化しても伝動できる。」と記載され、その構造が図示(別紙C)されていることが認められ、この文献においても、「universal joint」という用語が自在軸継手を意味するものと定義されていることが明らかである。
そして、本件発明が属する帆船の技術分野の当業者において、「ユニバーサルジョイント」という用語を右に定義した自在軸継手と異なる意味において理解しているような特段の事情があることを認めるに足りる何らの証拠も存しないから、本件明細書の特許請求の範囲に記載されている構成要件Cエにおける「ユニバーサルジョイント」とは、右に定義したユニバーサルジョイントを意味するものと理解されるというべきである。
三 ところで、
和田稲苗編著「機械要素設計」(実教出版株式会社昭和五九年一〇月一五日発行)の第一〇五頁ないし第一一〇頁には、軸継手は固定軸継手、たわみ軸継手、自在軸継手及びその他に分類されること、たわみ軸継手は更に補正軸継手と弾性軸継手に分類され、弾性軸継手の代表的なものとしてゴム軸継手が挙げられること、自在軸継手は更に不等速形と等速形に分類され、このうち不等速形自在軸継手は一般にフツク形又はクロス形といわれることが記載され、フツク形又はクロス形といわれるものの代表的なものとして十字軸とニードル軸受を用いたカルダン形自在軸継手が図示(別紙D)されていること、
日本機械学会編「機械工学便覧 応用編 B1 機械要素設計 トライボロジ」(社団法人日本機械学会昭和六〇年七月三日発行)の第九七頁左欄には前記「機械要素設計」の第一〇五頁と同旨の事項とともに、固定軸継手は両軸を完全に結合して両軸心の狂いを許さないもの、たわみ軸継手は結合部にゴムや皮などの弾性体あるいは歯車やチエーン等を介してわずかな軸心の狂いを許すもの、自在軸継手は交差する二軸を結合し回転力を伝えることができるものであることが記載され、第九九頁右欄ないし第一〇〇頁左欄には、フツク形自在軸継手は「二軸が同一平面上にあり、かつその中心線がある角度で交わる場合の伝動装置で、カルダン形軸継手(中略)とも呼ばれる」と記載され、その構造が図示(別紙E)されていること
は、当庁平成二年(ネ)第二七八〇号事件及び同年(ネ)第四六六一号事件の審理を通じて、当裁判所に顕著な事実である。
なお、前掲乙第一、二号各証及び「機械要素設計」、「機械工学便覧」は、本件優先権主張日後に発行された文献であるが、それぞれの記載内容及び弁論の全趣旨に徴すると、いずれも本件優先権主張日当時の技術水準を示すものと考えられる。
そして、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明及び図2に実施例として具体的に記載されている三軸線ユニバーサルジョイント36の構成及び作用は、原判決の三九枚目表第一〇行(「頭付きピン48により」から)ないし裏第七行(「いる」まで)に記載されているように構成され作用するものと認められるから、これをここに引用する。すなわち、右構成によれば、円柱12が前後左右いかなる方向にいかなる角度傾いた状態であつても、円柱12を回転させれば、この回転運動は頭付ピン48及びこれと直交する頭付ピン62の作用によつて的確にクレビス58に伝達され、クレビス58を回転させ得ることが明らかである。したがつて、円柱12を一方の回転軸、クレビス58を他方の回転軸と捉えるならば、この二つの回転軸を連結するもの(締め板38と40の延長部42と44、管46、頭付ピン48、ピン48と直交する頭付ピン62によつて構成されるもの)は、「主として軸線が一致しないである角度を持つた二つの回転軸を連結し、一方の回転軸の回転運動を他方の回転軸に伝達するために用いる継手」、すなわち自在軸継手の要件を備えているということができる。ただし、右の頭付ピン48が形成する施回軸線(ピボツト)と頭付ピン62が形成する旋回軸線は直交するように配設されているが、二つの旋回軸線が同一平面において交差せず、管46の垂直方向に離れた位置において交差しているので、厳密にいえば、右二つの旋回軸線の組合わせは、典型的なフツク形自在軸継手に採用されている別紙Eの十字形金具(別紙Cの十字形の腕、別紙Dの十字軸)そのものではない。しかしながら、右二つの旋回軸線の組合わせが、実質的にみれば、フツク形自在軸継手における十字形金具と同様の機能を果たしていることは、技術的に疑いの余地がないところである。
もつとも、本件発明は「帆をあやつることによつて加速、方向転換、上手まわしを行うことができる」(前掲甲第二号証の第三頁右欄第二七行及び第二八行)ものであるから、帆14は風の方向及び強弱に対応して自在に操り得るように構成されねばならず、したがつて帆14が取り付けられる円柱12は自在に回転起伏できるように構成する必要があるが、帆14の回転運動が波乗り板10に伝達することは好ましくないため、クレビス58を保持する丸頭のねじ68に十分な遊びを持たせることによつて、クレビス58が波乗り板10に対しては自由に回転するように取り付けられていることは前記認定のとおりである。しかしながら、クレビス58がその回転運動を波業り板10に伝達しないように波乗り板10に取り付けられるということは、クレビス58を回転軸と捉えるならば、自在軸継手によつて連結されている二つの回転軸の一方を、自在軸継手の反対側に配設される部材にどのように支持させるか(軸受)の問題に属するというべきである。したがつて、クレビス58が波乗り板10に対して自由に回転するように取り付けられている事実を、円柱12とクレビス58を連結するもの(締め板38と40の延長部42と44、管46、頭付ピン48、頭付ピン62によつて構成されるもの)の構造を自在軸継手に該当すると判断することの妨げになると考えなければならない理由はない。
この点について、本件明細書の発明の詳細な説明は、そのユニバーサルジョイントを「三軸線」のユニバーサルジョイントと表現している。このような表現がなされているのは、円柱12と波乗り板10を連結する構造全体を一つの構造体と捉え、この構造体には、前記認定の二つの旋回軸線(頭付ピン48が形成する旋回軸線、頭付ピン62が形成する旋回軸線)のほかに、クレビス58と丸頭のねじ68によつて形成されるもう一つの旋回軸線があり、結局三つの旋回軸線が存在すると考えたためであると理解される。しかしながら、例えば、一般に使用されているフツク形自在軸継手においても、十字形金具によつて回転運動を伝達された回転軸が回転している以上、十字形金具が形成する二つの旋回軸線のほかに、本件明細書の発明の詳細な説明にいう「三軸線ユニバーサルジョイント」と同様の意味において、もう一つの旋回軸線が存在するとみることが可能である。そうすると、一般に使用される自在軸継手も当然に三つの旋回軸線を有するということになるから、「三軸線ユニバーサルジョイント」という表現を論拠として、本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載されているものが一般に使用される自在軸継手とは別異の構造のものであると理解することには、何ら合理的理由がないというべきである。
このように、本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成要件Cエは、ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができるように円柱を波乗り板に連結する作用をする自在軸継手を意味し、本件発明はこれを技術的範囲とするものであつて、明細書の発明の詳細な説明及び図面に具体的に記載されている三軸線ユニバーサルジョイント36は、右のような意味の自在軸継手の構成を具体化した最良のものの例として示されていることを明確に理解することができる。
なお、控訴人らは、三軸線ユニバーサルジョイント36は三個の回転軸線を備えた接手の一例にすぎず、三個の回転軸線を備えた接手と三軸線ユニバーサルジョイント36は同義ではない、と主張する。しかしながら、前掲甲第二号証を検討しても、その構造が具体的に記載されている三軸線ユニバーサルジョイント36以外の、三個の回転軸線を備えた接手とはいかなる構成をいうのか、本件明細書の記載からは全く理解することができないから、「三個の回転軸線を備えた接手」という記載を論拠として本件発明における「ユニバーサルジョイント」という用語が有する普通の意味を論究することはできない。
四 被告製品のゴムジョイントの構成及び作用は、原判決の三九枚目裏第七行(「上方部」から)ないし四〇枚目表第二行(「可能としている」まで)に記載されているとおりと認められるから、これをここに引用する。これによれば、被告製品のマスト受部はゴム製屈曲部に対して回転可能に連結されるのであるから、被告製品のゴムジョイントは、マストの回転運動をゴム製屈曲部以下の部材に伝達する作用を全く有していないことが明らかである。
このように、被告製品のゴムジョイントは、いかなる意味においても軸継手(すなわち、二つの回転軸を連結し、一方の回転軸の回転運動を他方の回転軸に伝達するたあに用いる継手)として機能しているとはいえないから、被告製品のゴムジョイントが、本件発明における「ユニバーサルジョイント」という用語が有する普通の意味である自在軸継手に該当すると解する余地がないことは、他言を要しないところである。
この点について、控訴人らは、ある技術的事項が他の技術的事項と等価であるか否かは奏される作用効果を目安として決定されるべきところ、被告製品のゴムジョイントは本件発明におけるユニバーサルジョイントと同一の作用効果を奏することは明らかである、と主張する。
しかしながら、特定の構成を特許請求の範囲とする物の発明の技術的範囲が、たとえ同一の作用効果を奏するとしても異なる構成のものに及ばないことはいうまでもない。そして、本件発明におけるユニバーサルジョイントが機械的構造のものであり、複数の旋回軸線を中心とする旋回によつてマストの回転起伏が行われるのに対し、被告製品のゴムジョイントは、素材であるゴム自体の弾性によつてマストの回転起伏が実現されるのであつて、両者が構成を異にすることは明らかであるから、控訴人らの右主張は失当である。
五 以上のとおりであつて、本件優先権主張日当時、本件発明における「ユニバーサルジョイント」という用語が有する普通の意味は自在軸継手であることを一義的に明確に理解することができる以上、「ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができるように円柱を波乗り板に連結する」ものはすべて本件発明における「ユニバーサルジョイント」に該当するから、被告製品のゴムジョイントは本件発明におけるユニバーサルジョィントに該当し、被告製品は本件発明の構成要件Cを充足する、という控訴人らの主張は明らかに失当である。
六 なお、仮に、「軸継手」にいう「軸」が「回転軸」を意味せず、したがつて「軸継手」が「一方の回転軸の回転運動を他方の回転軸に伝達するために用いる継手」でなく、単に「二つの軸を連結するために用いる継手」を意味するにすぎないとしても、前掲「機械要素設計」及び「機械工学便覧」において、たわみ軸継手(ゴム軸継手は、その一種である弾性軸継手の一例である。)が、自在軸継手と上位あるいは下位の概念ではなく、同位の概念として分類されていることは前記のとおりである。
したがつて、たとえ「軸継手」が「二つの軸を連結するために用いる継手」を意味するにすぎないと仮定してみても、被告製品のゴムジョイントが自在軸継手に含まれると理解する余地は全く存しないというべきである。
七 この点について、控訴人らは、被告製品のゴムジョイントは本件明細書の発明の詳細な説明に特定の実施例として記載されている「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」に該当する、と主張する。
本件明細書に「特定の実施例において、ユニバーサルジョイント例えば三個の回転軸線を備えた接手、又は使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手によつて波乗り板に風力推進手段の円柱が連結されている。」と記載されていることは、前記認定のとおりである。
しかしながら、前掲甲第二号証を検討しても、本件明細書には「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」とはどのような具体的構成をもつ接手であり、それがユニバーサルジョイントとどのような関係にあるのかを明らかにする記載は存しない。
のみならず、控訴人らが援用する前記実施例の記載が、「使用者が操作しないとき」に接手の構成ないし作用はどうあるべきかを説明しているにすぎないことは、その記載自体から明らかである。
すなわち、前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中の「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」という記載は、本件明細書の第三頁右欄第三一行及び第三二行に記載されている「突風又は激風時に使用者は帆を離せば、帆は直ちに風力を受けない方向に移動する」、第五頁左欄第一八ないし第二〇行に記載されている「突風によつて波乗り板10がひつくりかえろうとするおそれのあるとき使用者は単に帆をはなして風にまかせて危険を脱する」、あるいは第五頁右欄第六行ないし第九行に記載されている「突風又は激風時に風力推進手段のブームから手を離せば、該風力推進手段はその帆に風を受けない方向に倒れ、波乗り板を安定させ、その転ぷくを防ぐことができる」ために必要な部材の構成ないし作用を説明しているといえないことはないが、特許請求の範囲に記載されている「ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができる」ために必要な部材の構成が実際上どのように具体化されるべきかを過不足なく的確に説明しているといえない。なぜなら、「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができる」という要件を満たす構成が、必ずしも常に「ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができる」という要件をも満たす構成であるとはいえないからである。発明の詳細な説明におけるこのように不的確な記載に基づいて本件発明の技術的範囲を定めることが許されないことは、疑いの余地のないところというべきである。
なお、仮に、本件明細書の発明の詳細な説明における「ユニバーサルジョイント例えば三個の回転軸線を備えた接手、又は使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」という記載が、「ユニバーサルジョイント」が上位概念であることを表し、「使用者が操作しないとき風力推進手段を殆んど自由浮動状態にすることができるような接手」はすべてユニバーサルジョイントに含まれることを意味するとしても、本件明細書の特許請求の範囲に記載されている構成要件Cエが、ブームをにぎる使用者が帆を波乗り板上で回転及び起伏させることができるように円柱を波乗り板に連結する作用をする自在軸継手を意味し、本件発明はこれを技術的範囲とするものと明確に理解されることは、前記のとおりである。このように、特許請求の範囲の記載がそれ自体明確に理解できる以上、たとえ発明の詳細な説明にこれより広い構成が特定の実施例として開示されていても、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に記載された技術的事項にのみ及びこれを越えることはできないのであるから、前記の記載を論拠として、被告製品のゴムジョイントが本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
したがつて、控訴人らの前記主張も、到底採用することができない。
八 以上のとおりであるから、被告製品のゴムジョイントは本件発明におけるユニバーサルジョイントに該当し被告製品は本件発明の構成要件Cエを充足する、という控訴人らの主張は失当である。したがつて、控訴人らの本訴請求は、その余の点について論ずるまでもなく理由がないから、控訴人らの本訴請求を全部棄却した原判決は相当である。
第三 よつて、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることにつき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
別紙A
B 0136-1974
番号 用語 読み方 意味 参考 慣用語 対応英語
3060 軸継手 じくつぎて 軸を連結する継手。 coupling
3061 固定軸継手 こていじくつぎて フランジ形、割形などの固定式軸継手。 rigid shaft coupling
3062 たわみ軸継手 たわみじくつぎて 回転力による衝撃を構成部分のたわみによって緩和する構造の軸継手。 flexible shaft coupling
3063 自在軸継手 じざいじくつぎて 主として軸線が一致しないで、ある角度を持った2軸の接続に用いる軸継手。 ユニバーサルジョイント universal coupling
別紙B
<省略>
別紙C
<省略>
別紙D
<省略>
別紙E
<省略>